「トカトントン」っていう、ゆとり世代には刺さりまくる短編名作

  • Posted on: 2014年8月23日
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photo by pakutaso.com

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トカトントンという太宰治の短編をご存知でしょうか。
青空文庫やキンドルから無料で配布されているので、興味がある方はこちらから一読いただくことをオススメします。文章が得意ならば数分で読めます。

26歳の若者が悩みを克服するにはどうすれば良いか、と、某作家に書簡を書く、という設定。
最後にその作家からヒントらしき返信が書かれて終わります。
リスナーからのお便りコーナーのよう。

若者は、過去仕事、勉学、恋愛など様々なことに気合をいれて取り組もうとします。
しかし、そうしうた対象に気持ちが盛り上げって最高潮に達する前に、頭の中で「トカトントン」という気の抜けた音がなる。

その瞬間に、どんなに熱意をもって取り組んでいたことも、心底どうでも良いことのように思えて、情熱ややる気を綺麗さっぱりなくしてしまいます。
いろんなことに盛り上がっては、途中で「トカトントン」が鳴り響きどうでもよくなって情熱をなくしてしまう。
この「トカトントン」が全てのやる気を奪うということが若者の悩みなわけです。

このトカトントンは誰しも心の中にもっている音

学生のころに一度読んでいたのですが、何事にもモチベーションが上下するこの頃、読み返してみたくなりました。
私も今年25歳なので主人公の年齢と近い。

この話は、20代の意志力の弱さの話だと私は単純に解釈します。
「やる気でねー、どうでもよくね」と言いつつその裏に複雑な思いを抱える平成ゆとり世代にはド直球すぎる話です。

英語の勉強を続けてTOEIC点数あげるぞ(キリッ
仕事をとおして圧倒的成長!(キリッ
カラダを鍛えるためにジムに通って目指せモテボディ!(キリッ

などなど若手は、意識高く取り組む姿勢を見せ、様々な目標を掲げ努力に励むことでしょう。
とくに偉人の話に感化されたとき、自己啓発本を読んだときなどは、やる気に満ち溢れ行動意欲に湧くものです。

ただ、目標に向けた努力は、ふとした瞬間、「どうでも良いこと」になってしまう。
むしろ努力してやるべきことは本質的に「どうでも良いこと」なのかもしれません。
「意識高くなる→どうでもよくなる」の無限ループ。

トカトントンを消す

作品の中で、若者の悩みに対する作家の返信を引用します。

拝復。気取った苦悩ですね。僕は、あまり同情してはいないんですよ。十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようですね。真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。マタイ十章、二八、「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂たましいとをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ」この場合の「懼る」は、「畏敬」の意にちかいようです。このイエスの言に、霹靂を感ずる事が出来たら、君の幻聴は止む筈です。不尽。

正直、私もこのアドバイスと聖書の引用の真意を理解することはできていないです。
しかし、単に情熱とか気合とかで打ち勝とうとするのではなく、「トカトントン」を自覚すること自体が大切だと述べられているように感じます。
意訳 By なまがつお
「ハイハイ、お前まだマジでヤバイ失敗とかしてないでしょ。
肉体的に殺すヤツよりも、意識とかを消し去って廃人にしちゃうヤツのがよっぽど怖いことなんだぜって聖書にも書いてある。
こういうものの怖さをちゃんと自覚すれば、その音もきえるんじゃね。まぁ知らんけど。」

太宰治「トカトントン」
名作は何年たっても色褪せないとはまさにこれで。
人間の持つ自己矛盾や脆さなどをセンスフルに表現した文章。
もちろん戦後まもない時勢や、太宰治の天才たる境遇も背景として描きこまれているでしょうが、その時代的差や人間的差を感じさせない名作だと思います。

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