内向的コミュ障のぼくには、オディロン・ルドンの絵がとても響くよ

  • Posted on: 2013年5月5日
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本日の行った

展覧会名 オディロン・ルドン 夢の起源
会場 損保ジャパン東郷青児美術館
開催期間 2013/4/20(Sat)-6/23(Sun)
展示作家 オディロン・ルドン、アルマン・クラヴォー、ロドルフ・ブレスダン、他
主催 損保ジャパン東郷青児美術館、朝日新聞社

展評に入る前に、軽いカミングアウトをします。

なまがつおは典型的なコミュ障です。
人と話す時、無駄に緊張してしまう。
人の話を落ち着いて聞くのが苦手。
何も話せないときと、あれもこれもと話しがちになってしまう時の差が激しい。など。
学生生活から社会人生活に至るまでこの性質に辟易し自己嫌悪になることはよくありました。

ルドンの絵にはシンパシーを覚えてしまうのは、このような性質のお陰(?)かと思います。
本投稿は、展評も兼ね、なまがつおの考えるオディロン・ルドンの魅力に迫っていきたいと思います。

同時代の印象派は「光」すぎ、ルドンは「闇」すぎ

オディロン・ルドンは、19世紀末の表現主義の画家です。
彼の活躍する時代は印象派の隆盛と一致しています。
印象派の巨匠モネと生年を同じとする(1840年)のも興味深いことです。

何が興味深いかというと、印象派とは何をとっても対称的な絵を描くからです。
マネは華やぐパリの都市風俗を活写し、ルノワールは外光の下のはつらつとした女性を描き、モネはジヴェルニーの自然をみずみずしい色彩で描き、色や光を新たな絵画主題として昇華させました。
印象派の画家は、部屋の外で明るい外光を、ナウでイケてる都市を、目に優しい明るい色彩で描いたのです。

活動の内容や主題や画風は、「リア充」といえるでしょう。(笑)
「リア充」は揶揄した表現ですが、楽観主義的な趣味を帯びているのは明らかです。

それに対して同時代のルドンの色彩やモチーフは…。
モノクロの世界にうごめく奇怪な生き物。
なまがつおもノートの端っこにこういうのいたわぁ。

オディロン・ルドン《蜘蛛》、1887年、リトグラフ、岐阜県美術館蔵。

オディロン・ルドン《蜘蛛》、1887年、リトグラフ、岐阜県美術館蔵。

素直ななまがつおは、「ルドンさんは非リアだったのかなぁ」と想像してしまいます。
センシティブでどこか不安と葛藤がある、そんな心のありようを描いているようです。

外光の下の風景を描いた印象派、モノクロで精神世界を描いたルドン。
単純に二元的に語るのは憚れますが、同時代でここまで対照的だと興味深いです。

深い意味はなく、感じるままを描いただけ

オディロン・ルドン《『起源』 Ⅱ. おそらく花の中に最初の視覚が試みられた》、1883年、リトグラフ、岐阜県美術館蔵。

オディロン・ルドン《『起源』 Ⅱ. おそらく花の中に最初の視覚が試みられた》、1883年、リトグラフ、岐阜県美術館蔵。

ルドンの生い立ち

  • 0歳:フランス、ボルドーの裕福な家庭に生まれる。
  • 7歳:癇癪持ちが原因で7歳から11歳まで、家族から一人引き離され親戚のもとで暮らす。
  • 22歳:口頭試問で受験失敗。
  • 20代前半:画家として活動を開始。兄が音楽家として順風なキャリアを歩む。社会でも兄の影にかすむ。
  • 30歳:普仏戦争勃発に伴い徴兵され従軍。プロイセンに敗戦。国民が失意。1

画家もなまがつおと同じ内向的コミュ障だったとは簡単に断言できないまでも、幼児期の閑寂な体験、持病、兄の成功などに、心の影を少なからず抱えていたようです。
色彩の無いモノクロの作品群は、彼の精神世界の同調しているのでしょう。

ルドンの霊感の源

植物と合成された眼球。
盆の上にのる首。
にやつく蜘蛛のような生物。

妖怪のようなゆるキャラのような、このモチーフは何を意味しているのでしょうか。
作品につく詩的なタイトルに符号する、画家のイメージ以外の何者でもないのです。
タイトルが『蜘蛛』だったら、それは画家の思う蜘蛛なのです。
エドガー・ポーの小説、フローベールの散文、ボードレールの詩、ゴヤの作品、ダーウィンの進化論、クラヴォーの顕微鏡下のスケッチなど、同時代の文学や科学から自由な発想を育み、それを言葉にし、イメージ化しているだけなのです。

ルドンの作品は、それを通じて何かを伝えようというメッセージの類とは無縁かもしれません。その作品には、孤独な芸術家が見た夢や幻が、本読んだ後の自由な印象が、丁寧に描写されているだけなのです。しかしそれがまた、現代人を惹きつける理由なのでしょう。2

私達に共感を呼ぶのは、キャラもののような外面だけでなく、作家の心のありようのストレートな表現なのかもしれません。

孤独はもとより人間疎外が常態化している現代では、うるさいメッセージではなく心のありようをそものまま形にしたような、ただそれだけのものが深い共感を呼ぶのです。3

50歳を過ぎ、色彩を帯びる

オディロン・ルドン《アポロンの馬車》、1907-08年頃、キャンバスに油彩、愛媛県美術館蔵。

オディロン・ルドン《アポロンの馬車》、1907-08年頃、キャンバスに油彩、愛媛県美術館蔵。

ルドンは作品を発表をするにつれ、次第に同時代の評価を勝ち取ります。

  • 40歳:新聞社にて個展開催。ユイスマンスらに注目される。
  • 51歳:批評家に好意的に取り上げられる
  • 64歳:油彩画《瞳を閉じて》が国家に買い上げられる。
  • 65歳:レジオン・ドヌール勲章受章。4

そして50代に差し掛かるころに、油彩やパステルを用いた色彩豊かな作品を手がけるようになります。
モチーフは、神話や宗教画の古典回帰に加えて、花が多くなります。
これも、彼の精神世界の同調して、とのことでしょう。
孔子によると「五十にして天命を知る」と言いますが、ポジティブで豊かな精神世界の広がりを見て取ることことができます。
根暗っぽい絵ばかりを描いたのが一転、穏やかながら深い精神性を備えた豊かな色彩の絵を手がけるようになるのです。
静かなドラマを感じてしまいます。

まとめ

展評から逸れてきてしまいましたが、企画側の優れたキュレーションのお陰でルドンのルーツをより深く学ぶことができました。
ファンとしては嬉しい限りでした。
コミュ障のなまがつおが、ルドンにドラマ性を感じるのは下記の3点です。

  • 同時代の印象派は「光」すぎ、ルドンは「闇」すぎ
  • 深い意味はなく、感じるままを描いただけ
  • 50歳を過ぎ、色彩を帯びる

本エントリのまとめに際して、下記、少々付言致します。

アートの役割

企業の面接でも「最も重要なのはコミュニケーション能力」と半を切ったように言われます。
日本には、根本的な評価のモノサシはコミュ力であるかのような同調圧力があるように感じられます。
確かに、人の間に生きる「人間」においてコミュ力が無いのは絶望的です。
ただし、実際にコミュ力に苦手意識を持つ人間は少なからずいます。

しかし、ルドンの絵を通してなまがつおは思います。
内向的コミュ障でも、表現の方法はある、戦い方はあるんだ、と。
アートは自由な表現が可能で、評価に決まった尺度もありません。
人が共感し、良いと感じたものが評価されます。
現代社会にアートが必要とされるのは、こうした部分なのではないでしょうか。

参考とオススメ

本展覧会の監修者によるわかりやすい作家解説本です。

思春期的自我がカオスへと向かっていく様子が濃厚で印象深いマンガ。
ルドンのモチーフが象徴的に使われています。

最後まで読んで頂きありがとうございます!

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  1. 本展覧会とは別の展覧会カタログの巻末を参照した。山本敦子/木島俊介監修『ルドンの黒 眼をとじると見えてくる異形の友人たち』、Bunkamuraザ・ミュージアム、2007年。 []
  2. 前掲書『ルドンの黒 眼をとじると見えてくる異形の友人たち』の「あいさつ」より引用。 []
  3. 前掲書『ルドンの黒 眼をとじると見えてくる異形の友人たち』の「あいさつ」より引用。 []
  4. 前掲書『ルドンの黒 眼をとじると見えてくる異形の友人たち』の巻末年表を参考。 []